五蘊皆空(ごうんかいくう)

2007年7月から始めた会社ブログを「五蘊皆空」に移しました。これからも徒然なるままに感じたことを月一のペースでアップしていく予定です。ちなみに五蘊皆空とはお釈迦様の悟りのエッセンスで「物や心は本来無い」というような意味。それを悟れば色々な苦しみから超越できますよ、とのことです。『般若心経』では「照見五蘊皆空 度一切苦厄」と記されています。【2011年11月】

九州王朝説 【2017.03.31】

最近、文科省は教科書の聖徳太子の表記について、小学校では「聖徳太子(厩戸王)」、中学校では「厩戸王(聖徳太子)」に改訂しようとしたが、国会で「歴史に対する冒涜だ」などと批判されたため、小中とも「聖徳太子」に戻し、中学の指導要領で「古事記や日本書紀で『厩戸皇子』などと表記され、後に『聖徳太子』と称されるようになった」とコメントするそうです。

聖徳太子については表記の仕方もさることながら、以前のブログ【2010.04.29】でも触れたように「日出づる処の天子、云云」の国書を隋に送ったのは聖徳太子ではなく、九州王朝の多利思北孤(タリシホコ)だという説があります。

古田武彦(2015年没)は、漢から金印を賜った倭奴国(1世紀)、卑弥呼のいた邪馬壹国(3世紀)、讃・珍・済・興・武の五王のいた倭国(5世紀)、多利思北孤のいた俀國(7世紀)、は連綿と続いた九州王朝であり、その王朝は白村江の戦いに敗れて衰退し大和朝廷に吸収されたと、『ここに古代王朝ありき』などに記しています。

松下見林(1703年没)は、中国の史書と日本の史書で矛盾があれば中国の史書を直して日本の史書に合わせればよいと、『異称日本伝』に記しています。現在常識となっている7世紀以前の中国と関わる日本史は、およそ論理的・学問的でない松下見林の手法の上に成り立っています。一方、古田武彦は中国の史書を勝手に直すことなく素直に解読して、上述の結論を得ています。どちらが歴史を「冒涜」しているか、いずれ決着がつくものと思われます。

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  1. 2017/03/31(金) 14:56:07|
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